いのち
どうせ最後は死ぬのに、なんで人は生きるのかなあと思うことがある。
今日、治療を待つ廊下で耳にした車椅子の男性とその奥さんと偶然再会したドクターのやりとり。
先生のおかけでここまで元気になれました。
良かった、良かった
その気持ちの良い会話から、彼らのこれまでの楽しいだけではなかったであろう、過酷な日々を思った。
そのとき
多分、人はいのちを慈しむために生きているんだなと思った。
自分のいのち。
親しい人たちのいのち。
いのち全体。
いのちってのは、慈しむものなんだと
それを、思う。思い出す。
ただそれだけなんじゃないかなあ。
それだけで十分なんじゃないのかな。
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