上から目線の表現方法
昨日見たNHKBSの「シャーロック」。シャーロックとワトソンが現代に現れたら?という設定のドラマだ。イギリスドラマの雰囲気むんむんだった。
あんなに距離を置きたがっているネットもこのシャーロックぐらい使いこなせれば、悪くないかもねと、思う。
堺雅人似のシャーロックと鶴見辰吾似のワトソンもいい感じでした。
そのドラマのなかで、犯人の関係者である中国人の若い女性が中国茶を宮廷の作法で、
400年前の茶器で淹れているいるところに、ぬぅと現れたシャーロックが、
「ビスケットもどう?」
というセリフがあった。
夫は「上から目線だ」と言っていたけど、わたしは感じ悪いと思わなかった。
東洋の神秘的な美人をかっこよく口説く英国紳士なら、最初に言うセリフはこれ以外に考えられない。
お茶の時間を大事にするイギリス文化をよく理解したセリフだし、上から目線であっても、中国文化に敬意を表してる。
それに、世界中見ても、「上から目線度」で言えば、屈指の国がイギリスだろう。
彼らから「上から目線」をなくしたら何も残らないんじゃないかってな具合だ。
上から目線の歴史が長すぎて、からだに染みついちゃって、出す気がなくても出ちゃう。ほのめかす程度だから気にならないのかな。
移民対策にしても、かつての植民地に対する政策にしても、自国で使えるシステムを世界標準にしたがるところも、
「上から目線」を維持するために、それなりの努力をしている様子をみると、「まあいいか」という気分にもなる。
日本のように、西欧にはやたらへいこらしちゃって、追いかけてくるアジアにはどういう態度をとっていいのかわからなくて、
こうした「歴然とした違い」の前では卑屈になるくせに、
国内のどうでもいい「ちょっとした違い」になると、日本人同士でやたら上から目線をしたがって、
勝ちだ負けだと言いたがり、挙句の果てには、
先に生まれてたとか、先に権限押さえてたとか、そういうアンフェアな状況もおかまいなし、
機会均等で競争するっていうルールさえ無視で、「それでも、わたしが常に勝ちたい」んだねっていう、へんてこな競争を見あきた人間には、
イギリスのまともな上から目線の方が納得したり、学ぶことが多い。
・・・・・・・
そういうのを見ると、人ってのは「すきあらば上から目線」の態度を取りたがる生き物なんじゃないだろうかと、思うようになった。
そうよ、いつだって、「わたしのほうが上よ~」って言いたいのよ。
そんなことない人だって、相手に「わたしのほうが上よ」って態度を取られるのは嫌だ。
嫌なのよ。対等か上でいたいのよ。まあ、それが「自尊心」でもあるわけだし。
そういうのが、コミュニケーションのベースにあると心得てしまえば、あとは、
「上から目線」をいかに、感じよく、品よく表現できるか、でしょうね。
「シャーロック」のセリフがなんで、そんなに感じ悪くなかったのか。
機知に富んで、ユーモアがあって、意外だったから。
もちろん、ドラマで表現されている中国の怪しげなお店の招き猫(こりゃ日本だろ)とか、
中国の貧しい家庭に生まれて、香港でマフィアの親方に虐げられて、逆らえなくてこんな稼業やってます、的な説明は、お約束すぎて、おいおいおいだったし。
「いいかげん、東洋の勉強なさったら?」
って、思ったけど。そこは、人のこと言えないだろうな。
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